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20・音・光・そして街
片岡健一
月刊カドカワ連載より

今年の一月、僕はレコーディングのために伊豆のスタジオに一週間ばかり滞在してたんです。周辺は別荘地らしく海と山に囲まれた季節はずれの一月にはほとんど誰もいない静かなところでした。レコーディングですから、昼間はスタジオに缶詰め状態。時には朝方まで作業が続きました。スタジオに入ってから二、三日たったある日、以外に作業のほうもはかどり、夜にやっとひとりになれる時間ができたのです。それまで、とにかくレコーディングのことで頭がいっぱいでしたから、スタジオの周辺もまだちゃんと歩いたことがなく外はもう暗かったのですが散歩に出かけたのです。昼間は春のような暖かい太陽の光が降り注いでいたのが、まるでうそのように、あたりは暗闇の中に沈んでいました。遠くから聞こえる波のくだける音。山の稜線が遠くの街の灯りに照らされて、不気味に赤く、うっすらとにじんで見えました。けっこう薄気味悪い光景です。眠っていた鳥が僕の気配に驚いて、突然木の葉を大胆に揺らして飛び立っていきます。スタジオが視界から消えてしまった頃、いよいよ何も見えなくなってしまいました。道の先も、後ろも、横も、何も見えないのです。足が前に進まなくなりました。仕方なく僕はそこに立ち止まり、空を見上げました。満天の星が輝いています。

僕は気づきました。というより思い出したといったほうが正解かも知れません。「夜」ってこんなに暗いもんだったんだってことを。東京にいると、昼も夜も変わらぬほど僕の前にのびて行く道は明るいんです。でも伊豆の夜は暗いんです。足元さえ照らしてくれる光もないわけです。

人間は、環境によって、ずいぶんとその能力を発揮したり、しなかったりするものです。何もしなければ、人はそれなりに工夫し、何とかその環境を自分の都合のいいように克服し変えようとします。暗闇が怖かった原始人がいたから、僕らの街は、今、こんなに明るくなったのですよね。でも昔のことを知らない僕らは、夜が暗かった時のことをすぐ忘れてしまう。忘れてしまうと、僕らはその本当の怖さも知らないまま、もっと欲張りになってしまう。そのほうが、もっと恐ろしい。

家の前を宣伝カーが通り過ぎて行きます。猛烈な騒音をまき散らしながら。僕らの街には、音も、光も、あふれているんです。聞きたくもない音が。見たくもない光が。僕は、最近、家にひとりでいる時、電気を消して、できるだけ、何もない状態のなかに自分を置いてみるんです。そうすると思い出してくるんです。なぜ、僕は音楽が好きなのかってことを。
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